明日から4月

tmagri2007-03-31

明日から4月。今日は曇りで小雨も降った。山桜もかすんでしんとしている。
自分のなかでは、ずっと4月が新年の始まりだと思っている。学校が4月からスタートするから、というよりも、3月生まれだから、というよりも、桜のせいである。
桜が咲いてぱっと散る。そして暖かくなる。さあ、やるか!という気持ちになるには十分なアイテムだ。飲めるし。
田舎の西宮市(こーゆー表現でいいのか?生まれ故郷だから田舎。今住んでいるのも田舎。西宮は都会。でも田舎。)に、JRが「さくら夙川駅」を新設したらしい。駅の新設とは珍しいが、まあ、余計な物をこしらえてあまり有名になったり、にぎやかになってほしくない。でも今頃は花見客でごった返してはいるんだろうなあ。
高知に来て、生姜の植え付け作業などで、4月が農繁期の始まりになった。ますます桜が一年の始まりを知らせる役割となった。そして我が日野地集落の大井水路の田役が4月1日と決まっている。
田んぼも畑もいよいよ4月が始まりである。

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(写真は芸西で実証試験中のハウス暖房の木質バイオマスボイラーの燃料)
前回も書いたが、いま、高知県に高レベル放射性廃棄物の持ち込み手続きが進められている。私はかなり嫌いだ。でも自分は「運動」というのが嫌いで、イデオロギーの論争になるのもかなり嫌いだ。じゃ、なぜ原発や国策としての原子力政策に嫌悪感を抱くのか、ちょっと考えてみた。
ああ、百姓なんだからだなあ、と気がついた。自然と関わり合いながら、生きるための食糧やその他の物を作り出すのが百姓の本来の姿だと思っている。まだまだ、そこには至ってないが、百姓仕事はすべて生活の延長線上にあり、その土地にへばりついて毎日仕事をしている。今は経済社会の中で生きるために、お金を稼ぐため農産物の販売に重きを置いているし、石油資源もふんだんに使っている。でも、有機農業の一つの目的として資源の循環がある。数年前、地域循環研究会を作って勉強会もやった。バイオマスでの資源循環は自分の一つの目標でもある。
そういう百姓仕事を最悪な形で邪魔されるからだ。
これを機会に、いま、原子力政策に大賛成している経済評論家の本を買って読んでいる。おもしろい。また、前回ブログに書いたことは、高知新聞がより詳しく正確に記事にした。それらを勉強して自分なりにバイオマスとの対比の観点から考えをまとめたい。
このブログは農園の日常をお伝えするので、高レベル放射性廃棄物は農業大辞典のほうをリニューアルして書いていきます。興味ある方はまた、のぞいてみて下さい。